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“芸人殺し”だけじゃない『徹子の部屋』の役割、シニアタレントが“終活プラン”明かす場に

  1. 2018.06.11(Mon) _11:31:12
  2. ニュース
「同一司会者による放送回数世界ギネス記録」など数々の伝説を生みながら、放送開始43年目を迎えた超長寿トーク番組『徹子の部屋』(テレビ朝日系)。昨日放送された『アメトーーク!』(テレビ朝日系)の人気企画「徹子の部屋芸人」の最新回も大きな話題を呼び、近年は若年層からの注目も高い。だが、テレビ朝日系のニュース・情報番組で著名人の訃報が伝えられると、故人が出演した過去の映像を「追悼放送」(※5月には西城秀樹さん特集も放送)する“資料的価値”の側面もある。今や御年84歳になる黒柳徹子とシニアタレントによる“終活プラン”を明かす場としての役割も、同番組ならではと言えるだろう。

【貴重写真】美しい若かりし頃の徹子!『徹子の部屋』初回放送より

◆スタート時から変わらない対談スタイル、数々の名物企画も誕生

 『徹子の部屋』の基本構成は、大御所から若手芸能人、ときには海外の俳優や話題の人、あるいは「この人誰…?」とつい思ってしまう文化人などなど、毎回1組のゲストが黒柳徹子と対談するというもの。記念すべき1976年2月2日第一回放送のゲストは故・森繫久彌さんで、黒柳に対する「1回どう?」や胸タッチも今では伝説的なエピソードとなっている。

 定番ゲストとしては、1978年~2013年までの36年間、年内最後の放送にタモリがゲスト出演しており、初期には「4カ国語麻雀」や「ハナモゲラ語」、「イグアナ芸」などを披露し、アングラ芸人タモリのメジャー化に大きく貢献した。一方、年間最初のゲストは、1985年~94年の10年連続で加山雄三と、これまた華やかさにあふれた人選。そして2015年~現在は、黒柳発案の番組限定ユニット「松竹梅」(松岡昌宏・大竹まこと・梅沢富美男)が、翌日放送分も合わせて4年連続・2日連続出演を果たしている。

 また、故・小沢昭一さんと黒柳とのコスプレ対決も名物企画のひとつだった。1976年の最初の出演では「学生服とセーラー服」、9回目の出演時は「クレヨンしんちゃんとセーラームーン」(1996年)、11回目は「茶髪少年とガングロ」(2000年)などなど、小沢さんは15回にわたって登場し、当時の流行を反映させたふたりの全力コスプレは、お茶の間にも大きなインパクトを与えた。

◆滝沢カレン回は“神回”と話題に! “番組出演=一流芸能人の仲間入り”はいまだ健在

 番組のスタート時は、人間国宝などの伝統芸能関係者や芸術家がゲストになることが多かったが、しだいに旬な俳優も出演するようになり、最近では若手お笑い芸人や新人タレントも出演し、ライトなイメージになってきたようだ。しかし今なお、「徹子の部屋に出演=一流芸能人の仲間入り」といった“お墨付き”が機能している一方で、意気揚々と出演した芸人が予測不能な黒柳の言動やムチャぶり、超絶マイペースという高いハードルの前に打ちのめされる場合も多い。

 たとえば雨上がり決死隊は、宮迫博之が持ちネタ「宮迫です」を披露すると即座に黒柳は蛍原徹にも「『蛍原です』ってやってみて」と強要、しかもネタが終わると無反応でサラッと流されたり、平成ノブシコブシの吉村崇が全力で“脇パチパチ”をやるも、黒柳は「それを芸としてよくやろうと思ったわね」と全否定。そんな“黒”歴史を持つ多くの芸人たちは、同局の『アメトーーク』では“徹子の部屋芸人”として括られ、これまでの武勇伝や未出演者への黒柳対策をレクチャーするという企画にまで発展しているほどだ。

 しかし、「四文字熟語あだ名」でブレイクした滝沢カレンが出演した回では 滝沢が「こんなところでいう話じゃないけど、小学生のころから徹子の部屋を見ていてずっと出たかった」と、誰もが(ここで言わなきゃどこで言うんだよ…)と突っ込みを入れたくなる先制パンチをかました。番組中盤では黒柳が「お祖父様が甘くて良い方だったんですって?」と質問、滝沢が「そうなんです。目を見れば500円くれるような男で」と返すも、「あら。良い」と受け流す黒柳と伯仲する展開を見せ、滝沢が最後に「徹子さん 思っていたのと まったく同じ」と俳句で締めると、同回はネットで“神回”と大絶賛されたのである。

◆信頼と実績、徹子にだからこそ明かす著名人の“終活プラン”

 そして、今では高齢化社会が進む日本と同様、番組のゲストも高齢化。自然と話題も“終活”になるパターンも増えてきた。樹木希林がゲストの回では、黒柳が「あなた、ここのところお忙しいわね」と言うと、樹木は「その間にお墓を直したり。自分が入るお墓だから」と返し、「そんなことをやってんの?」と驚く黒柳に樹木は、「願わくば、徹子の部屋(の追悼特集)で今日の放送を流してもらうの」とコメント。

 またデヴィ夫人は、「目標105歳で、100歳まで生きて1世紀を見て死にたい」と言い、自身の墓のデザイン画の話をした後、希望プランとして「ラベルのボレロを流して担がれたい」とも。さらに中尾彬&池波志乃夫妻も、千葉と沖縄にある別荘と東京の自宅との行き来に、「掃除ばかりで疲れる」と池波がこぼしたことをきっかけに2軒の別荘を処分。中尾は「70代になり、生活を小さくするときがきた」と思ったと語るなど、それぞれ大御所芸能人が“終活”について告白しているのだ。

 さらに『徹子の部屋』では、芸能人たちが「実は休養の原因はガンだった」などの告白をするパターンも多い。黒柳にはつい真実を話してしまいたくなる魅力があり、それだけ多くの芸能人から信頼もされ、リスペクトされているということかもしれない。

 実際、ゲストだけではなく、黒柳自身も含め誰もが避けて通れない“終活”問題。デリケートな話題でもあり、少しネガティブなイメージもあるが、明るい昼間の時間帯の放送ということもあり、何と言っても超ポジティブな黒柳徹子が相手だからこそ、ゲストは終活の話題でも素直に話し合える気持ちになれるのではないだろうか。

◆「追悼特集」が生きる 自身の“終活番組”

 「終活」にまつわる集大成とも言える企画が、1978年から続いている7月と12月に放送される「追悼特集」だ。その年の半年間(12月は年度により年間の場合もある)に訃報があった出演者の過去の放送回を2~3日間、総集編として流すのである。

 同特集について黒柳は、「直前の姿ではなく、元気いっぱいで喋ってらっしゃる姿を心に留めておいてほしい。それもテレビの役割です」と語っているが、テレビでおなじみだった故人が楽しく生きている姿を観ることにより、視聴者も今の自分はどれだけ人生を謳歌しているのか? と自問したり、命の尊さなどについて考え直すきっかけにもなるかもしれない。テレビの黎明期より活躍している黒柳の発言だけに重みもあり、また真摯な姿勢も伝わってくるようである。

 黒柳は自らの“進退”については、2015年の『徹子の部屋』の1万回放送インタビューで、「引退するにあたっては決めていることがあります。それは、私の首に鈴を付ける役を、1万回のときにも出演してくれたマッチ(近藤真彦)がやるということです」と告白。黒柳ほどの大物ともなれば、周囲も気を遣ってなかなか引退勧告ができない。だからこそ、「私が番組で同じ質問を繰り返していたり、お芝居でセリフに詰まったりしているのに気が付いたら、マッチが『そろそろ引退したほうがいい』と言ってくれることになっている」とのことである。

 放送開始から多くのゲストの人生と向き合い、そのトークスタイルも一貫して変えずにきた国民的番組『徹子の部屋』に関する、まさに黒柳自身の“終活”と言えよう。やはり日本人の大多数に“玉ねぎおばさん”として愛される黒柳徹子の番組だからこそ、他のトーク番組には真似のできない役割があるのだ。
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